長野市役所では住民に対して適切な行政サービスを提供するため、さまざまな職員研修が行われています。その一環として、U-NEXUS代表の上野敏良が講師を務めたデザイン思考の研修が実施されました。研修の企画・運営を行った長野市総務部職員研究所のご担当職員さまに、その経緯や実施後の手応えなどをお聞きしました。(取材日:2024年9月19日)
Q.職員研究所で担当している仕事内容を教えてください。
長野市職員に対し、公務員として必ず身につけておかなければいけない基礎的な知識やスキルアップの研修を企画・運営しています。階層別研修として、新入職員や中堅職員、管理職向けなど、いくつかの階層ごとに実施する研修のほか、自己啓発として職員の自主的な学びを支援するような取り組みも。階層別研修は所属部局を問わず、消防士や保育士など幅広い職種の職員が受講しています。
Q.そもそも、なぜ「デザイン思考」に注目されたのでしょうか?
自治体も民間も変わらない問題かと思いますが、近年は人手が少ない中で業務上の課題も地域課題も増え、その内容が複雑化しています。従来のやり方ではなかなか通用しない中、新しい思考法や視点を取り入れた研修で問題解決のための気付きや糸口につなげられたらと考えていたところ、雑誌や世の中の研修のトピックから「デザイン思考」というフレーズに出合いました。そして、大手企業や一部自治体でデザイン思考をテーマにした研修が行われているという情報を知り、興味を持ちました。
長野市の研修に取り入れるためには、まずは私自身がその思考法を知らなければいけません。調べてみると、ちょうど長野商工会議所で上野先生が講師を務めるデザイン思考の無料セミナーとワークショップが開催されるところだったため、参加しました。約半年前のことです。
Q.そのときの感想や気付きを教えてください。
デザイン思考について事前の知識もなく受講し、なんとなくフレームを使って考えていく思考だとわかった段階で、上野先生がさまざまな事例を出してくれました。そこで新たな考え方を知り、目から鱗が落ちたような感覚を覚えました。
例えば、空港到着時の手荷物受取所で荷物が出てくるまでの待ち時間が長くクレームが多いという事例では、私なら課題解決策として待ち時間の減少を考えるでしょう。しかし、目的はクレームを減らすことなので、待ち時間を減らしたところでクレームの数は減少しません。つまり、課題の本質は待ち時間の減少ではなく、大きく視点を変え、待っている感覚を減らすことだとわかりました。実態は変わっていませんが、見せ方を変えることでクレームが減り、目的が達成されるという気付きが衝撃的でした。
また、短い時間の中で、アイデア創出→プロトタイプ(試作)→テスト検証という、デザイン思考の流れを一通り経験する「クイック体験」というワークでは、そのスピード感が斬新で衝撃を受けました。我々公務員は業務の性質上、失敗や頓挫が許されないため、何か新しいことを始める際はどうしても慎重にならざるを得ず、結果的にかなり時間がかかったり、スタートが切れなかったりすることもあります。小さく早く検証して回していく「クイック体験」のスピード感は、実務に使えるかはさておき、知っておく価値があると思いました。
Q.そうした気付きを得たうえで、デザイン思考を職員研修に取り入れた理由と、U-NEXUSに依頼をした思いを教えてください。
私自身が上野先生のセミナーを受けたことで、職員はさまざまな課題を抱えているものの、課題の本質が見えているのか、また解決に向いているのかと考えるようになりました。そして、職員研修にデザイン思考を取り入れれば、思考法や事例、スピード感など、何かひとつでも職員にとって気付きが得られると思いました。「クイック体験」では、デザイン思考の一連の流れを小さく早く回していくスピード感も体験してほしいと感じましたし、プロトタイプとテスト検証ですぐに正解をめざすのではなく、小さな成功と失敗を繰り返していくと精度が上がる感覚も味わってほしいと思いました。
また、地域課題は、実際に住民だからこそわかることがあります。上野先生は長野市在住で起業もされていることから、長野市の地域課題が話題になった際は共感できる部分もあるだろうと考えて講師をお願いしました。
Q.研修を企画するうえで工夫したことはありますか?
今回は主に若手職員向けの研修で、幅広いテーマの研修を用意した選択肢の一つが「デザイン思考」でした。ほかには、プレゼンテーションの上達やスキルアップ系、法律関係などのテーマがありました。
受講する若手職員はデザイン思考自体を知らない可能性があったため、研修のイメージが湧くように「デザイン思考を使った活用事例は目から鱗。クイック体験のスピード感も必見!」と、 私が上野先生のセミナーを受けた感想をメニュー表に記載しました。情報感度の高い職員が多いこともあって、定員を超えたかなりの応募があり、参加者を抽選させていただいたほどです。課の偏りはなく、消防士や給食センターの職員、水道局、税関係、情報システム関係の担当者など、満遍なく参加が見られました。
余談ですが、プレゼンテーション研修は、参加者の前でプレゼンをさせられるイメージがあるせいか、プレゼンが苦手な人が受講を避ける傾向があります。そこで、私は以前の研修の様子を踏まえ「全員の前での発表はなく、少人数でのプレゼン練習と先生の丁寧なフィードバック」 という旨をメニュー表に記載しました。私にとってのお客さま(ユーザー)である職員の皆さんがどういう情報を得たらその研修を受けたくなるか、勉強意欲を促進できるかを考えました。これは、私自身が上野先生のセミナーを受けたことで、ユーザー目線の考え方や視点の変化という意識が芽生えたからできたと感じています。
Q.実際に職員研修を実施し、参加者の様子や反応はいかがでしたか?
初めはデザインと聞くとやはりデザイナーをイメージするので、参加者の皆さんは、何か形状を変えて新しいものを作っていく印象があったようですが、デザイン思考の概要を知る中で「思考法なんだ」と理解したようです。
そこから「クイック体験」のワークショップを行いましたが、その前にアイスブレイクとして隣の人とペアを組み、1分間でお互いの似顔絵を描きました。普段なかなかやらない体験なので笑いが起き、会場の雰囲気が一気に和やかになりました。市役所はさまざまな部局があるため、お互いに顔も知らない職員が大勢います。そこで自己紹介から始まって打ち解けていく良い流れができました。
「クイック体験」のワークショップでは、ペアの相手をお客さまと想定して要望を聞きながら、紙やフェルト生地、合皮などの素材を使って財布を作りました。手を動かしてものづくりをする体験はなかなかないので、参加者がすごく楽しそうでしたし、検証を経て、より良くなるように相手を思いやる気持ちなども感じられました。作品の鑑賞タイムも設けたことで職員同士のコミュニケーションも深まりましたし、その後実施したインタビューも盛り上がりました。
職員のアンケートは、今はまだ集計中ですが「ユーザー視点に立つという当たり前のことが今までできてなかったと気付いた」「デザイン思考を業務に取り入れるにはハードルが高いが、ユーザー意識やプロトタイプまでのスピード、まずは多くのアイデアを出して質より量を重視する点など、一つひとつの方法は取り入れられそうな気がした」「デザイン思考が施策形成に浸透していけば、職員の時間や労力、経費が効率的に使えていくのではないかと感じた」といった感想が寄せられています。
一方で「デザイン思考を活用して課題解決を図ろうとした場合、その職員に対し、上司や同僚の理解とサポートが必要ではないかと感じた」といった感想もあり、こうしたアンケートに対してもう少し細かく聞く作業があれば、より良い研修をつくり出せるのではないかと感じています。
Q.研修の企画・運営者としての手応えはいかがでしたか?
今回の研修を通じて考えていたことは、実際に職員に対してデザイン思考を使った課題解決を望むのではなく、各自が感じている課題に対し、解決方法を考えるための思考法のレパートリーの一つとしてデザイン思考を知っていてほしいということでした。そのため、課題の本質はどこなのかという気付きや、その気付きから新しい発想へとつなげること、スピード感は上野先生に研修に盛り込んでもらえてよかったと感じています。
デザイン思考は最近トピックになっていますが、フレーズは知っているものの、実情を知らない職員はたくさんいます。今回の研修では定員をオーバーしてしまった分、また来年も実施してデザイン思考を知っている人を増やしていきたいと考えています。
Q.それでは、今後デザイン思考の研修を考えている人に向け、推薦コメントがあればぜひお願いいたします!
研修を実施するに当たり、上野先生は私に「最終的にどういうかたちになっていることが望ましいか」と尋ねてくれました。ほかの講師からあまり聞かれたことがない質問で少し驚きましたが、先生にとってのお客さまは私であり、その質問自体がデザイン思考なのだと感じました。
そのうえで私から要望したのは、私が上野先生のセミナーを受けて得た気付きに加え、職員が自分の仕事に落とし込めるような実務につながる行政系の事例を多く盛り込んでもらうことです。上野先生にはこうした要望に応えてもらい、研修の直前まで資料を作り込んでもらって、ユーザー目線であることを感じましたし、楽しく研修できてよかったと感じています。
デザイン思考は私の考え方にハマったすごく良い思考法ですが、人によっては好き嫌いや得意不得意もあるように感じます。そこで、全員に受け入れられる思考法ではないのかもしれないという感覚を持ちつつ、課題解決方法のレパートリーを増やす手段として研修を企画すると良いのではないでしょうか。
今後も上野先生には、デザイン思考だけでなく、新たな研修プログラムはぜひご紹介いただきたいと考えています。